人と話していてカチンときたことはありませんか?
- あれ、今イヤなこと言われた?
- ひょっとしてバカにされた?
- 言い返すべき・・・だった?
会話が終わってからそんな思いにとらわれたことはありませんか?そしてその思いがずっと消えなくなったことはありませんか?
ここでは人にイヤなことを言われて、でもその場では言い返せず、あとになって怒りがメラメラしてきてしまうというあなたに、本当はそのときどうするべきだったかをお伝えしていきます。
怒っていることで時間を浪費してしまうほどもったいないことはないですからぜひ読んでみてください。
いやなことを言われて怒りが消えない
たまにありますよね?あまり虫の空かない人と話していると、
カチン!とくることが。
・・・言い方とかが微妙に癇にさわるっていうか。
でも、おとなしい人にありがちですが、基本言い返すことができません。
一瞬、あれ?とは思うんですが、その場はあいまいな笑いを浮かべてやり過ごすわけです。
で、あとになってモヤモヤしてくる。
最初は、相手の言ったことも一理あるかな、とか、こんなことで目くじら立てて怒るなんて大人げない、とか、どうにかして自分を納得させようとするんです。
でもそううまくいかない。
必ずあとから怒りの感情が高ぶってきます。 時間とともにどんどん大きくなってくる。
そうなるともう他のことに手がつきません。仕事をしていても思い出してはプルプル・・・
それだけじゃありません。夜、怒りのあまり眠れなくなるのです。
寝ようとするときに限ってなぜかそのことを思い出します。するともうダメ。
イライラ
ギラギラ
メラメラ
心の中が沸騰して眠るどころじゃありません。
石原加受子さんの「自分中心心理学」
本当に損な性格だなと思ってしまいますよね。スッと流してしまえれば何の問題もないのにひとりで苦しんでる。
でも、きっと同じような人いっぱいいるんですよね。そんな人にはこの本がおすすめです。
これは表紙をめくったところです。
これを読んで
自分のことだ!
と思った人はぜひ読んでみてください。
ちょっと「まえがき」から引用します。
この「悩みグセ」というのは、ほんとうは”思考グセ”です。
- 周りを気にしすぎる
- 自分の気持ちを抑えてしまう
- 自分の気持ちを無視して、相手のほうを優先してしまう
- 知らないうちに「~しなければならない」に囚われてしまっている
だから、実際に行動するよりも、「解決できる方法はないものか」とあれこれ”思考”を巡らし、
「いまの、この苦しみから、何とか脱出する方法はないだろうか」と悩む。
どうでしょう?これ当たっていませんか?
自分の気持ちより、相手のこと、いや、「相手にどう思われるか」ばかりを考えて生きている。
自分の人生なのに他人の(目を気にする)人生を送っている。
これでは人生が楽しいわけありません。面白いわけありません。
この本はそれに対し、こういう答えを用意してくれています。
「自己中心」じゃありません。「自分中心」です。
本を読んでもらえば分かりますが、これはジコチューというのとはまったく違う。
大事なことはあなたが、
ということ。
「私にとって、どっちがいいだろうか」
このつぶやきは”思考”ですね。
「私は、これがしたい!(あるいは、したくない!)」
これが”感情”です。
両者を声に出して読んでみると、その違いが実感できるでしょう。
あなたは、自分では、適切な判断をしようとしている”つもり”です。
けれども、自分の気持ちや感情を脇に追いやったままで、適切な判断をすることはできません。なぜならあなたの”感情”がそれに抵抗するからです。
「何をすべきか」が思考で、「何をしたいか」が感情です。
自分中心ではなく他者中心になっている人ほどこの「何をすべきが」にとらわれています。
ふだんから思考ばかりを優先させているから感情が納得できなくて悔しい思い、やりきれない思いを抱えてしまうのです。
嫌な気持ちを断ち切るために言う
で、肝心のこの話です。カチンときたときはどうすべきか?
本書の中には著者である石原さんがバス停で高齢の男性に割り込まれたときの話が書かれています。
石原さんは最初その男性に、自分が先に並んでいたと伝えるのですが無視されてしまいます。バスに乗ってからもモヤモヤが収まりません。
その収まりのつかなさは、彼が反応しなかったからではなく、実は、自分自身に対してでした。争いたくないという思いから、
「”怖れ笑い”をして言った・・・」
自分のその卑屈さが、たまらなく不快だったのです。
バスに揺られながら、私は自分に”どうしたいか”を問いました。
周囲がどう思おうと、「そんなささいなことで」と思われようと、
「自分自身がこだわっているのなら、それを引きずらないために行動しよう」
「自分のわだかまりを解消するために、表現しよう」
この考えのもと、石原さんは終着のバス停で再びその男性に自分の気持ちを表現します。内容は本書を読んでみてください。これはその直後の石原さんです。
それは、自分の自尊心を取り戻した瞬間でした。
その感覚を味わえた直後、私の中に、また、新しい認識が芽生えました。
それは、彼を”個”として見た、という気づきでした。
これを体験するまで、私は「年寄りはいたわらなければならない」という常識に縛られていたようです。(中略)
歳が離れていたり、世代が違ったり、性や民族が異なったりすると、相手が別世界の住人のように映る、そんな垣根が外れて、彼を身近な人間として感じられたのでした。
ここで大切なのは、
- 相手を言い負かすためではなく、自分の「不快のモト」を断ち切るために言う
- 芽生えたマイナス感情を持ち越さないために言う
ということです。
カチンときたということは、それはあなたが不快に感じたということ。
理屈ではなく、あなたが不快を感じればそれは解消していいんです。
であれば、その不快感を持続させないために言いましょう。わだかまりを消すためにほんの少しの勇気をもって言いましょう。
それがこの本の答えです。
責めるのではなく、教えてあげるという気持ちで伝える
人に嫌なことを言われたときに限らず、その場で言うべきことを言えずにもんもんとしてしまうことってありますよね。
買い物に行ったお店での対応や食事に行ったレストランでのふとした対応に”あれっ?”と感じてしまうこともあるのではないでしょうか?
- こんなことわざわざ言うことじゃないし・・・
- 気にしなきゃいいことだし・・・
- 気づいてから時間もたってるし・・・
でもそれってきっと、お店を出てからも気分はよくないですよね?
それを解消するにはその場で伝えること。
感情的にではなく、静かに伝えればいいのです。教えてあげる、くらいの気持ちで言えばいいのです。
いやなことを言う相手にしても同じです。あなたの言うことでわたしはいやな気持ちになっているんだよということを気づかせてあげましょう。
もちろん、そこで相手にどう思われるか、なんてことは考える必要はありません。大事なのはあなたが感情を解放すること。
さいごに
いやなことを言われてもんもんとしてしまうのはいやですよね。時間ももったいない。大切な時間は他の有意義なことに使いたいじゃないですか。
だからこそ「自分中心」の考えです。自分の気持ちを大切にしてあげること。自分の感情を大事にしてあげること。
つい人のことばかり気になってしまうというあなたに大事なのはこの考えです。「他者中心」ではなく、「自分中心」で生きる。
石原さんのこの本、同じような悩みを抱えている人には本当におすすめです。この本を読んで、少しでも楽しく毎日が過ごせるようになってみてください。
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